「高額療養費はいつまで続くか分かりません」は本当? 続きます。ただし今年8月に変わりました
営業トーク
「高額療養費制度なんて、いつまで続くか分かりませんよ。今のうちに医療保険で備えておきましょう」
結論
高額療養費は健康保険法115条1項に書かれた給付です。制度そのものは法律なので、なくなりません。ただし金額は同条2項で政令に委ねられているため、変わります。実際に2026年8月、年収約370万〜約770万の月額上限は80,100円から85,800円へ引き上げられました。いっぽうで、これまで上限のなかった年間の負担に53万円の天井ができ、多数回該当は44,400円で据え置かれています。月の上限は上がり、年間の上限は下がった、という同時の動きです。そして民間の医療保険は、手術給付金の対象を公的医療保険の手術に合わせ、先進医療特約は技術料だけを対象にする形で、公的保険がある前提で設計されています。公的保険の代わりにはなりません。
医療保険をすすめられるとき、よく出てきます。
「高額療養費制度なんて、いつまで続くか分かりませんよ」
「今のうちに備えておきましょう」
「なくなる」と「金額が変わる」は、別の話です。 そして後者は、今年の8月に実際に起きました。
順に見ます。
先に結論
この記事の結論
制度そのものは
健康保険法に書かれた給付です。なくなりません
ただし金額は
政令で決まります。だから変わります
実際に2026年8月
月の上限は引き上げ(80,100円→85,800円・年収約370万〜約770万)
いっぽうで
年間で見た上限は下がりました。年間上限53万円が新設され、多数回該当は据え置き
そして
民間の医療保険は公的保険がある前提で作られています。代わりにはなりません
🔴 なぜ「なくならない」のか
高額療養費は、法律に書かれた給付です。
療養の給付について支払われた一部負担金の額……が著しく高額であるときは、……高額療養費を支給する。 (健康保険法 第115条第1項)
「支給する」と書かれています。 これを消すには、法律を変える必要があります。
そして次の項に、金額の決め方が書かれています。ここが肝心です。
2 高額療養費の支給要件、支給額その他高額療養費の支給に関して必要な事項は、療養に必要な費用の負担の家計、とりわけ長期にわたって継続的に療養を受ける者の家計に与える影響及び療養に要した費用の額を考慮して、政令で定める。 (同 第115条第2項)
図解① 制度と金額は、別の場所で決まっています
制度そのもの
法律(健康保険法115条1項)。「支給する」と書かれています
金額
政令。法律を変えなくても、政令で変えられます
ただし縛りがある
「とりわけ長期にわたって継続的に療養を受ける者の家計に与える影響」を考慮せよ
つまり
金額は変わる。ただし長期療養者への配慮は法律上の要請です
実際は
年金と同じ構造です。 制度は法律で保証されていて、足りなくなったら水準を調整する。 だから「なくなる」のではなく「変わる」。ここを分けないと、話が噛み合いません。 公的年金の側は「国の年金は破綻します」は本当?にまとめました。
🔴 そして、2026年8月に実際に変わりました
ここが今いちばん大事なところです。営業トークの心配は、的を射ていました。
現行(令和8年8月〜令和9年7月)の自己負担限度額です。70歳未満・3割負担の場合。
| 所得区分(年収換算) | 健保 標準報酬月額 | 月単位の上限額 | 多数回該当 | 年単位の上限額 |
|---|---|---|---|---|
| 約1,160万円〜 | 83万円以上 | 270,300円+(医療費−901,000円)×1% | 140,100円 | 1,680,000円 |
| 約770万〜約1,160万円 | 53万〜79万円 | 179,100円+(医療費−597,000円)×1% | 93,000円 | 1,110,000円 |
| 約370万〜約770万円 | 28万〜50万円 | 85,800円+(医療費−286,000円)×1% | 44,400円 | 530,000円 |
| 〜約370万円 | 26万円以下 | 61,500円 | 24,600円 | 530,000円 |
| 住民税非課税 | — | 36,900円 | — | 290,000円 |
引き上げられました。 年収約370万〜約770万の区分で見ると、月額上限の定額部分が 80,100円 → 85,800円 です。
厚生労働省の計算例です。
(例)70歳未満・年収約370万円〜約510万円の場合(3割負担) 医療費100万円 → 自己負担限度額 85,800円+(1,000,000円−286,000円)×1% = 92,940円 (同)
窓口では30万円払いますが、最終的な負担は約9万3千円です。旧制度なら約8万7千円でしたから、5千円ほど増えました。
ただし、同時に強化された部分があります
引き上げだけではありません。 見直しの中身を、厚生労働省の資料から引きます。
高額療養費のセーフティネット機能に鑑み、長期療養者や低所得者の経済的負担の在り方に配慮しつつ、制度を将来にわたって堅持していくための見直しを行う。 1.長期療養者への配慮 (1)多数回該当の金額を据え置き ── 長期に継続して治療を受けられている方の経済的負担を増加させない。 (2)「年間上限」の導入 ── ……月単位の「限度額」に到達しない方であっても、「年間上限」に達した場合には、当該年においてそれ以上の負担は不要となる。 2.低所得者への配慮 (1)……「年収200万円未満」の方の多数回該当の金額を引き下げる。 (厚生労働省「高額療養費制度の見直しについて(イメージ)」)
なお、この見直しは患者団体・保険者・労使団体の委員が参加した専門委員会で、計9回議論された上のものだと同資料に書かれています。
🔴 月の上限は上がり、年間の上限は下がりました
ここを分けないと、方向を読み違えます。引き上げと引き下げが同時に起きています。
図解② 上がったものと、下がったもの
上がった
月単位の上限額。年収約370万〜770万で80,100円→85,800円
据え置き
多数回該当(44,400円)。長期療養者の負担を増やさないため
下がった
年間で見た負担の上限。これまで上限がなかったところに53万円の天井ができました
だから
単発の高額医療は負担増。年間を通してかかる人は負担減
厚生労働省は、実際に負担が軽くなる例を2つ挙げています。
| 見直し前 | 見直し後 | 差 | |
|---|---|---|---|
| これまで多数回該当に該当しなかった方 | 年間 76.7万円 | 53.0万円 | 約23.7万円の負担減 |
| 極めて高額な医療を受けた方 | 年間 57.3万円 | 53.0万円 | 約4.3万円の負担減 |
上の例は、毎月7〜8万円かかるけれど月の上限には届かない人です。従来は多数回該当にも当たらず、年間76.7万円がそのまま自己負担でした。年間上限ができたことで、53万円で止まります。
実際は
「月の上限が上がった」だけを聞くと改悪に見えます。 「年間の上限が下がった」も同時に起きています。 どちらが効くかは、単発で高額な医療か、年間を通してかかり続ける医療かで変わります。
所得区分の細分化は、令和9年度(2027年度)からです。 各区分が3つに分かれ、所得に応じてさらに調整されます。今後も動きます。
ここに注意
「いつまで続くか分からない」は、金額については当たっています。 実際に変わりましたし、来年もまた動きます。 ただしそれは「なくなる」ことではありません。 見直しの目的は、資料の言葉では「制度を将来にわたって堅持していくため」です。
🔴 民間の医療保険は、公的保険がある前提で作られています
ここが、この記事の核心です。
「公的保険が心配だから民間で」という話が成り立つのは、民間保険が公的保険の代わりになる場合だけです。なりません。 設計がそうなっていません。
① 手術給付金の基準が、公的保険です
生命保険文化センター(生命保険業界の公益財団法人)の説明です。
手術給付の対象となる手術は、以前は「88種類の所定の手術を対象とするタイプ」が一般的でしたが、最近は「公的医療保険制度の対象手術を保障するタイプ」が主流となっています。 (生命保険文化センター「手術したのに手術給付金が受け取れないのはなぜ?」)
給付するかどうかの判定を、公的医療保険の範囲に委ねています。 公的保険がなければ、何を対象にするかを決める基準そのものが消えます。
② 先進医療特約は、技術料だけを見ています
先進医療の技術料は公的医療保険の対象外で、全額自己負担になります。先進医療の技術料以外の通常の治療と共通する部分(診察料、検査料、投薬料、入院料など)の費用には、公的医療保険が適用されます。 (生命保険文化センター「先進医療特約」)
後半が答えです。 先進医療を受けても、診察・検査・投薬・入院の費用は公的保険が持ちます。 だから民間は「技術料だけ」を引き受ければ済みます。
その仕組みは法律にあります。
被保険者が……評価療養、患者申出療養又は選定療養を受けたときは、その療養に要した費用について、保険外併用療養費を支給する。 (健康保険法 第86条第1項)
先進医療は、この「評価療養」(厚生労働大臣が定める高度の医療技術を用いた療養/同63条2項3号)にあたります。
図解③ 先進医療を受けたとき、誰が何を払うか
技術料
公的保険の対象外。ここを民間の特約が引き受けます
診察・検査・投薬・入院
公的保険が適用されます(保険外併用療養費)
もし公的保険がなければ
この部分も全額自己負担になります。特約では埋まりません
つまり
民間の特約は公的保険の上に乗っている設計です
実際は
「公的保険が心配だから民間保険」は、順番が成り立ちません。 民間の医療保険は、公的保険が残っていることを前提に金額が決められています。 土台が抜けたら、上に乗っているものも機能しません。
⚠️ これは「民間の医療保険に価値がない」という話ではありません。 公的保険がカバーしない部分を埋める商品として、役割はあります。ただし「公的保険の代わり」ではない、という区別です。
医療保険そのものが要るかどうかの判断は「医療保険は入っておいた方が安心」は本当?、公的保障の全体像は「公的保障だけでは足りません」は本当?にまとめています。
公的保険がカバーしないもの
ここは正直に並べます。心配する価値があるのは、こちらのほうです。
| 項目 | 高額療養費の対象か |
|---|---|
| 保険診療の自己負担 | 対象(上限まで) |
| 差額ベッド代 | 対象外(選定療養) |
| 先進医療の技術料 | 対象外(評価療養の技術料部分) |
| 入院中の食事代 | 対象外(食事療養) |
| 先進医療以外の自由診療 | 対象外 |
| 収入が止まること | 対象外。ただし傷病手当金があります |
差額ベッド代には払わなくていい場合のルールがあります。「個室になったら差額ベッド代がかかりますよ」は本当?に書きました。
図解④ 心配する順番
心配しても仕方ないこと
制度がなくなること。法律に「支給する」と書かれています
実際に起きること
金額が変わること。今年8月に変わり、来年も動きます
埋める対象になるもの
差額ベッド代・先進医療の技術料・食事代・止まる収入
確かめること
勧められた商品が、この4つのどれに効くのか
聞かれたときに確認する4つ
図解⑤ 「いつまで続くか分かりません」と言われたら
①
「なくなる話ですか、金額が変わる話ですか」
②
「私の区分の上限額はいくらですか」(2026年8月に変わりました)
③
その保険の手術給付金は何を基準に支払われますか
④
先進医療特約は技術料以外の入院費や検査費も出ますか
③で「公的医療保険の対象手術です」と返ってきたら、それが答えです。 その商品は、公的保険があることを前提に作られています。
まとめ
「高額療養費制度なんて、いつまで続くか分かりませんよ」
- 高額療養費は健康保険法115条1項に「支給する」と書かれた給付です。なくなりません
- ただし金額は同条2項で政令に委ねられています。 だから変わります
- 同項は「とりわけ長期にわたって継続的に療養を受ける者の家計に与える影響」を考慮せよと定めています
- 🔴 2026年8月、実際に引き上げられました。 年収約370万〜約770万の月額上限は80,100円→85,800円
- 医療費100万円なら自己負担は92,940円(厚生労働省の計算例)
- 🔴 いっぽうで、年間で見た上限は下がりました。 これまで上限のなかった年間負担に53万円の天井ができ、多数回該当は44,400円で据え置き
- 厚生労働省の例では、年間76.7万円→53.0万円(約23.7万円の負担減)になる人がいます
- 単発の高額医療は負担増、年間を通してかかる人は負担減、という方向です
- 見直しの目的は、資料の言葉では「制度を将来にわたって堅持していくため」です
- 所得区分の細分化は令和9年度から。 今後も動きます
- 🔴 民間の医療保険は、手術給付金の対象を公的医療保険の手術に合わせるタイプが主流です(生命保険文化センター)
- 🔴 先進医療特約が技術料だけで足りるのは、診察・検査・投薬・入院に公的保険が適用されるからです
- だから民間保険は公的保険の代わりにはなりません。 上に乗っている設計です
聞かれたときに確かめるのは、この一問です。
「なくなる話ですか。金額が変わる話ですか」
そして、自分に確かめる一問です。
「その保険は、公的保険が無くても成り立ちますか」
答えは、成り立ちません。 手術給付の基準も、先進医療特約の金額も、公的保険があることを前提に決められているからです。
医療保険が要るかどうかは「医療保険は入っておいた方が安心」は本当?、公的年金の側の同じ論点は「国の年金は破綻します」は本当?、公的保障の棚卸しは「公的保障だけでは足りません」は本当?にまとめています。
📋 契約前にここを確認
- 「なくなる」話ですか、「金額が変わる」話ですか?
- 自分の所得区分の上限額はいくらですか?(2026年8月に月の上限が上がり、年間上限ができました)
- 長期の治療なら、多数回該当と年間上限は説明されましたか?
- その医療保険の手術給付金は、何を基準に支払われますか?
- 先進医療特約は、技術料以外の入院費や検査費も出ますか?
- 公的保険がカバーしないのは、具体的に何と何ですか?
参照した情報源
- e-Gov 健康保険法 第115条(高額療養費・支給額は政令で定める)・第86条(保険外併用療養費)・第63条第2項(評価療養)
- 厚生労働省「高額療養費制度の概要」(患者負担割合及び高額療養費自己負担限度額・令和8年8月〜令和9年7月)
- 厚生労働省「高額療養費制度の見直しについて(イメージ)」(多数回該当の据え置き・年間上限の導入・低所得者への配慮)
- 厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
- 生命保険文化センター「手術したのに手術給付金が受け取れないのはなぜ?」(公的医療保険制度の対象手術を保障するタイプが主流)
- 生命保険文化センター「先進医療特約」(技術料以外の共通部分には公的医療保険が適用される)