🛡️ 保険

「相続対策に保険が必要です」は本当? 非課税枠はあります。要る人は限られます

🗣️営業トーク

「生命保険金には非課税枠があります。それに、納税資金を準備しておかないと、自宅を売るハメになりますよ」

結論

非課税枠(500万円×法定相続人の数)は本当にあります。ただし減るのは税金であって、枠の額がそのまま戻るわけではありません。「自宅を売るハメになる」のほうは、小規模宅地等の特例で自宅の敷地が330平方メートルまで80%減額され、配偶者の税額軽減で1億6千万円まで税額が出ず、それでも払えなければ最長20年の延納があります。売らずに済む制度が、保険より先に3つ用意されています。保険が本当に効くのは節税ではなく、受取人を指定して渡せること。つまり相続税対策ではなく、相続対策のほうです。

保険の窓口で、こう言われます。

「生命保険金には非課税枠があります。相続税の節税になりますよ」

「それに、納税資金を準備しておかないと、自宅を売るハメになりますよ」

非課税枠は、本当にあります。 作り話ではありません。

ただ、この2つの文には、確かめられることがいくつも入っています。

先に結論

この記事の結論

非課税枠は本当にあります

500万円 × 法定相続人の数。制度として存在します

▼

ただし減るのは

「枠 × 税率」の分だけです。枠の額がそのまま戻るわけではありません

▼

「自宅を売るハメ」の前に

小規模宅地等の特例・配偶者の税額軽減・延納。売らずに済む制度が3つあります

▼

そもそも

相続財産で最も多いのは現金・預貯金等(34.9%)。土地(30.2%)より多い

▼

保険が本当に効くのは

節税ではなく「誰に渡すか決められる」こと。相続税対策ではなく相続対策です

その営業トークは、2つの話が混ざっています

分けてから、ひとつずつ確かめます。

言われたこと 何の話か 確かめること
「非課税枠があります」 税金を減らす話 いくら減るのか
「自宅を売るハメに」 払うお金がない話 本当に売るしかないのか

別の話です。 同時に言われると、両方とも自分に当てはまるように聞こえます。

🔴 その前に。あなたに相続税はかかりますか

どちらの話も、相続税がかかる人だけの話です。

10.4%(相続税の課税割合・令和6年分)

令和6年分における被相続人数(死亡者数)は 1,605,378人……そのうち相続税の申告書の提出に係る被相続人数は 166,730人……課税割合 10.4% (国税庁「令和6年分 相続税の申告事績の概要」)

基礎控除があるからです。

遺産に係る基礎控除額 = 3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数 (国税庁 No.4152)

法定相続人の数 基礎控除額
1人 3,600万円
2人 4,200万円
3人 4,800万円
4人 5,400万円

🔍CHECK

最初の一問はこれです。 「うちの財産は、基礎控除をいくら超えていますか」 超えていないなら、非課税枠も納税資金も関係ありません。

話①:非課税枠は、確かにあります

ここは営業の説明どおりです。

500万円 × 法定相続人の数 = 非課税限度額 (国税庁 No.4114「相続税の課税対象になる死亡保険金」)

現金1,500万円をそのまま残せば1,500万円が課税対象。同じ1,500万円が保険金なら、相続人3人なら全額が非課税になります。制度として、確かに得です。

ただし、減るのは「枠」ではなく「枠 × 税率」です

ここが、聞き逃されるところです。非課税枠1,500万円は、税金が1,500万円安くなるという意味ではありません。

相続税の税率は、法定相続分に応ずる取得金額で決まります(国税庁 No.4155)。いちばん低い区分は10%です。

法定相続人 非課税枠 税率10%なら 税率20%なら 税率30%なら
1人 500万円 50万円 100万円 150万円
2人 1,000万円 100万円 200万円 300万円
3人 1,500万円 150万円 300万円 450万円

図解① 「1,500万円の枠」で減る税金

枠は

1,500万円(相続人3人の場合)

▼

減る税金は

150万円〜450万円。税率をかけた分だけです

▼

そのために

1,500万円を保険に固定します。亡くなるまで動かせません

▼

確かめること

「枠はいくらですか」ではなく「税金はいくら減りますか」

得か損かは、この記事では決めません。 ただ、枠の額と減る税額は別だということは、契約の前に知っておくことです。

相続放棄した人は使えません

もうひとつ、条件があります。

相続を放棄した人……相続権を失った人……相続人以外の人が取得した死亡保険金には、非課税の適用はありません (同・国税庁 No.4114)

保険金は受け取れます。非課税枠だけが使えません。 ここは誤解されやすい部分です。

🔴 そして、保険は「早く亡くなるほど得」な契約です

これは、この商品の構造の話です。

生命保険は、保険料を払い、亡くなったときに保険金が出る契約です。だとすると、

図解② 契約としてどう働くか

早く亡くなると

払った保険料は少なく、保険金は満額。加入者側に有利に働きます

▼

長生きすると

保険料を払い続けます。その分だけ手元の資産は減ります

▼

つまり

「節税のために入る」とは、早く亡くなるほど有利になる契約を選ぶということです

⚠️ここに注意

節税額は、契約前に計算して見せてもらえます。 何年生きるかは、誰にも分かりません。 その非対称のうえで、「いくら得か」という話をしています。

なお、貯蓄型か掛け捨てかという論点もあります。そちらは「貯蓄型保険なら安心してお金を貯められます」は本当?と「掛け捨てはお金を捨てている」は本当?にまとめています。

話②:「自宅を売るハメになる」は本当か

こちらのほうが、話としては怖く聞こえます。制度を順番に見ていきます。

① 自宅の敷地は、330㎡まで80%引きになります

小規模宅地等の特例です。

宅地の利用区分 限度面積 減額割合
特定居住用宅地等(自宅の敷地) 330㎡ 80%
特定事業用宅地等 400㎡ 80%
特定同族会社事業用宅地等 400㎡ 80%
貸付事業用宅地等 200㎡ 50%

(国税庁 No.4124)

80%引き(自宅の敷地・330㎡まで)

5,000万円の評価の自宅敷地が、1,000万円として計算されます。 「一等地に住んでいるから相続税が大変」という話は、この特例を当てはめてから確かめることです。

(適用には要件があります。誰が相続するか、その後住み続けるかなどで変わります。)

② 配偶者には、1億6千万円まで税額が出ません

配偶者の税額の軽減です。

配偶者が相続した遺産額が、次の金額のどちらか多い金額までは配偶者に相続税はかかりません。 1億6千万円 配偶者の法定相続分相当額 (国税庁 No.4158)

配偶者が健在なら、一次相続で税額が出ないことは珍しくありません。

⚠️ ただし、この軽減は申告期限までに遺産が分割されていることが原則です。分割が決まらないと使えません。もめると、税制上も不利になります。

③ それでも払えないなら、延納があります

ここが、いちばん知られていないところです。相続税は、一括で払えなければ分割にできます。

相続税額が10万円を超え、金銭で納付することを困難とする事由がある場合には、納税者の申請により、その納付を困難とする金額を限度として、担保を提供することにより、年賦で納付することができます。 (国税庁 No.4211「相続税の延納」)

延納期間は、財産に占める不動産等の割合で変わります。

不動産等の割合 不動産等に対応する税額 動産等に対応する税額
75%以上 最長20年 最長10年
50%以上75%未満 最長15年 最長10年
50%未満 — 最長5年(一般)

「財産が不動産ばかり」の人ほど、延納期間が長く取れる設計になっています。まさに営業トークが心配している状況です。

図解③ 「売るしかない」までの距離

まず

基礎控除。3,000万円+600万円×人数を超えなければ、ここで終わり

▼

次に

小規模宅地等の特例。自宅の敷地は330㎡まで80%引き

▼

次に

配偶者の税額軽減。1億6千万円または法定相続分まで

▼

それでも払えないなら

延納。不動産等75%以上なら最長20年

▼

保険が要るのは

ここを全部通り抜けた先です。最初の選択肢ではありません

💰実際は

「自宅を売るハメになりますよ」は、制度を4つ飛ばした話です。 売らずに済む道が、法律のほうに先に用意されています。

(延納には利子税がかかります。担保も原則必要です。「タダで分割できる」わけではありません。)

🔴 そもそも、相続財産は不動産ばかりではありません

「財産が不動産に偏っていて現金がない」という前提そのものを、統計で確かめます。

相続税の申告データにある相続財産の金額(令和6年分・合計24兆5,415億円)の内訳です。

種類 金額 構成比
現金・預貯金等 8兆5,602億円 34.9%
土地 7兆4,074億円 30.2%
有価証券 4兆3,676億円 17.8%
その他 3兆162億円 12.3%
家屋 1兆1,901億円 4.8%

(国税庁「令和6年分 相続税の申告事績の概要」・相続税額のある申告書データ)

52.7%(現金・預貯金等+有価証券の合計)

現金・預貯金等が最も多く、土地を上回っています。 金融資産(現金・預貯金等+有価証券)が52.7%、不動産(土地+家屋)が35.0%です。

⚠️ これは全体の合計であって、一軒一軒の内訳ではありません。個別には不動産に偏った家もあります。 ただ、「相続といえば不動産ばかりで現金がない」というのが多数派の姿ではないことは確かめられます。

確かめる順番は、統計ではなく自分の家です。 財産目録を作れば、その日に分かります。

では、保険が要るのはどんな場合か

ここは正直に書きます。要る場面はあります。

  • 財産が事業用の不動産や自社株に偏っていて、他に換金できるものがない
  • 分けられない資産を特定の人に渡したいので、他の相続人に払う代償金の原資が要る
  • 相続人の誰に何を渡すかを、確実に指定しておきたい

図解④ 保険の本当の強み

節税の効果は

枠 × 税率。制度としてはありますが、大きくはありません

▼

納税資金の効果は

特例と延納を使い切ったあとに残る分に限られます

▼

いちばん効くのは

受取人を指定して渡せること。「誰に渡すか」を生前に決められます

🔴 そして、それは「相続税対策」ではありません

前の記事で見たとおり、実際にもめているのは、相続税がかからない層です。

令和7年に家庭裁判所で認容・調停成立した遺産分割事件は8,399件。そのうち遺産5,000万円以下が6,508件、77.5%でした(司法統計年報 令和7年 家事編第53表)。83.9%で弁護士が入り、41.6%が1年以上かかっています。

💰実際は

保険が効くのは、この問題のほうです。 受取人を指定できるので、「誰に渡すか」を先に決められます。 つまり保険の出番は相続税対策ではなく、相続対策の側にあります。

⚠️ ただし、特定の人にだけ極端に大きな保険金が渡る形は、かえって争いの種になることがあります。 「保険を使えば争わない」ではありません。金額のバランスは、他の財産と合わせて考えることです。

聞かれたときに確認する4つ

図解⑤ 提案を受けたら

①

うちの財産は基礎控除をいくら超えていますか(超えないならここで終わり)

▼

②

その非課税枠で、税金は具体的にいくら減りますか(枠の額ではなく)

▼

③

小規模宅地等の特例と配偶者の税額軽減を使ったら、残る税額はいくらですか

▼

④

それでも足りないなら、延納では対応できませんか

③に答えられない提案は、納税資金の話をしていません。 特例を当てはめる前の金額で「大変ですよ」と言っているだけになります。

そして最後に、自分に一問です。

「私が買いたいのは、節税ですか。それとも、誰に渡すかを決めることですか」

後者なら、話は変わります。 そのときは、保険は有力な選択肢になります。

まとめ

「相続対策に保険が必要です」

  • 非課税枠は本当にあります。 500万円 × 法定相続人の数
  • 🔴 ただし減るのは「枠 × 税率」です。相続人3人・税率10%なら150万円
  • 相続放棄した人は非課税枠を使えません(保険金は受け取れます)
  • 保険は早く亡くなるほど有利に働く契約です。節税額は計算できますが、寿命は計算できません
  • 🔴 「自宅を売るハメになる」の前に、制度が3つあります
  • 小規模宅地等の特例:自宅の敷地は330㎡まで80%減額
  • 配偶者の税額軽減:1億6千万円または法定相続分まで
  • 延納:不動産等75%以上なら最長20年
  • そもそも相続財産で最も多いのは現金・預貯金等(34.9%)で、土地(30.2%)を上回っています
  • 🔴 保険がいちばん効くのは節税ではなく、受取人を指定して渡せること
  • そしてそれは相続税対策ではなく、相続対策です。実際にもめているのは、相続税がかからない層でした

聞かれたときに確かめるのは、この一問です。

「特例を使ったあとで、税金はいくら残りますか」

そして、自分に確かめる一問です。

「困るのは、税金ですか。分け方ですか」

前者なら、まず制度を全部使ってください。後者なら、保険より先に決めることがあります。


不動産を使った対策は「相続税対策になりますよ」は本当?、保険で貯めるという発想そのものは「貯蓄型保険なら安心してお金を貯められます」は本当?、掛け捨てとの比較は「掛け捨てはお金を捨てている」は本当?にまとめています。

📋 契約前にここを確認

  • 自分(または親)の財産は、基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を超えていますか?
  • 非課税枠で減る税金は、いくらですか?(枠の額ではありません)
  • 小規模宅地等の特例を使ったら、評価額はいくらになりますか?
  • 配偶者の税額軽減を使ったら、税額はいくら残りますか?
  • それでも払えないなら、延納は検討しましたか?
  • その保険は「税金を減らすため」ですか、「誰に渡すか決めるため」ですか?

参照した情報源

  1. 国税庁 No.4114「相続税の課税対象になる死亡保険金」(非課税限度額=500万円×法定相続人の数)
  2. 国税庁 No.4124「相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)」
  3. 国税庁 No.4158「配偶者の税額の軽減」(1億6千万円または法定相続分)
  4. 国税庁 No.4211「相続税の延納」(延納期間・利子税・担保)
  5. 国税庁 No.4152「相続税の計算」(基礎控除=3,000万円+600万円×法定相続人の数)
  6. 国税庁 No.4155「相続税の税率」(速算表)
  7. 国税庁「令和6年分 相続税の申告事績の概要」(課税割合10.4%・相続財産の金額の推移)
  8. 最高裁判所「令和7年 司法統計年報 3 家事編」第53表(遺産分割事件のうち認容・調停成立件数―遺産の価額別)

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